遅れる法整備、企業の開発に影響も 欧州は倫理規定で先行
自動運転車を巡り、日本で事故の刑事責任に関するルール整備が遅れている。今後の実用化を見込む高度な自動運転では、ドライバーや運転プログラムの開発者、メーカーの誰が責任を負うのかの指針や法令が定まらない。専門家は「責任が不明確なままでは運転プログラムが設計しづらい。開発も滞る」と懸念する。

「もし技術者に刑事責任が課されるようになれば、誰も開発しなくなるのではないか」。トヨタ自動車など大手企業が参加し、自動運転システムの普及に取り組むNPO法人ITSJapan(東京・港)の佐藤昌之氏は話す。自動運転車の事故の際、走行を制御する運転プログラムが問題視され、開発者が罰せられる事態を懸念する。
交通事故で加害者の刑事責任が問われる場合に適用される主な法律は、(1)酒酔い運転などを禁じる道路交通法、(2)危険運転致死傷罪などを定める自動車運転処罰法、(3)業務上過失致死傷罪などを含む刑法の3つだ。自動運転車の事故でも、誰の行為にどの法を当てはめるかが焦点になる。
自動運転車は「レベル1」から、完全に車に運転を任せる「レベル5」の5段階に区分される。実用化しているのは、一定条件では自動運転で緊急時などは人間が運転するレベル3まで。ホンダは3月、世界初のレベル3の新型車「レジェンド」を発売した。
検討進まず
日本法の対応も、レベル3までだ。2020年に施行した改正道交法に、事故時の責任やドライバーの安全義務などの規定を盛り込んだ。レベル4以上については、明確な指針や法令がなく、政府の中での検討も本格化していない状態だ。
岩月泰頼弁護士は「レベル4以上に対応する法的責任の議論が進まないと、企業側も開発方針を固めにくい」と指摘する。人間が関与しない高度な自動運転車では、運転プログラムの設計が事故原因に結びつけられる可能性があるからだ。
想定される問題は、突然目の前に出た車との衝突を回避するために、プログラムが作動して車が歩道に乗り上げ、歩行者をはねた場合などだ。どのような回避行動が許容されるかによって、プログラムの設計は大きく変わりかねない。

こうした議論で先行するのが欧州だ。ドイツは7月末、自動運転の規制などを盛り込んだ改正法を施行した。自動運転車の定義として「ドライバーなしでも所定の運行領域を独立して運転することができる」と定義し、レベル4以上の実用化に対応させた。
事故の回避行動にも具体的に言及。「人命に対し避けられない危険が生じた場合、個人的な特徴に基づいてさらなる重みづけをしない」「道交法に違反することでのみ走行継続が可能となる場合は、自動車を自ら危険を最小限に抑えた状態にする」などと定めた。
事故を避けるためやむなく歩道に侵入するのは認められるが、歩行者の人種や年齢などによって衝突方向を変えるような設計は禁止されることになる。
ドイツでは法律や哲学、自動運転などの専門家が中心となって17年に自動運転に関する倫理規則を策定しており、「今回の法改正に強く影響しているのは明らかだ」(多摩大学の樋笠尭士専任講師)という。欧州連合(EU)でも欧州委員会が20年9月、「自動運転車の倫理」を公表。加盟国の法整備が進みそうだ。
米国ではレベル3以上の運転時の責任はドライバーではなくメーカー側にあるとみなされており、大きな問題にはなっていない。
法人罰の議論も
日本で高度な自動運転を巡る法的責任の議論が進んだ場合、法人としてのメーカーに事故の刑事責任を問うことが検討課題になる可能性もある。現行法は一部を除き刑事罰の対象は個人のみとなっている。だが自動運転ではプログラムの設計や車に搭載したAI(人工知能)のアルゴリズムなどが事故原因につながることも想定され、企業の責任にも注目が集まるからだ。
法整備には、縦割り行政の弊害を乗り越える必要がある。現状は刑法は法務省、道路交通法は警察庁、道路運送車両法は国土交通省と、異なる省庁が所管しており、議論が深まりにくい状態だ。
内閣府の規制改革推進会議は5月、デジタル時代の刑法のあり方について提言した。だが自動運転については「法務省において(略)デジタル分野に詳しい有識者等の意見を踏まえつつ(略)不断の検討を行うことを求めたい」と言及するにとどまり、具体的な指摘には至らなかった。
自動運転など開発競争が激しい分野では、イノベーションを先取りした法令整備が重要になる。ルールの曖昧さが企業の技術開発の足かせになりかねないためだ。安全性を確保するだけでなく、倫理的な観点も含めた議論が求められる。
(世瀬周一郎)

